浜松生まれの学問の神様として信仰されている賀茂真淵(かもの まぶち)をご存じでしょうか。
真淵は江戸時代中期に万葉集を研究した国学者で多くの子弟がおり、本居宣長(もとおり のりなが)もその一人でした。
その賀茂真淵をご祭神としてお祀りしているのが縣居(あがたい)神社です。
江戸時代末期に創建して以来、浜松生まれの学問の神様として信仰されています。
※県居神社と表記される場合あり
縣居神社の場所はどこ? 駐車場はあるの?

JR浜松駅から西へ約1.7キロ。
JR東海浜松工場や伊場遺跡の北にあり、静岡県道62号線(雄踏街道)から灯籠坂を上がった先の高台に、縣居神社は鎮座しています。
同神社の創建は江戸時代後期の1839(天保10)年ですが、当時はこの地ではなく縣居神社からだと直線距離にして東へ300メートルほどの場所にある賀茂神社の境内地にお祀りされていました。
その後、1920(大正9)年に現在地へ移転したのです。
時間があれば賀茂神社へもぜひどうぞ。
縣居神社の目印は境内北側の道路沿いに立つ「縣社縣居神社」の石碑で、その奥に石の鳥居があります。

駐車場の出入り口は石碑と鳥居の間にあり、数台止めることができます。

駐車場には賀茂真淵の碑や清明直正の碑なども。
石碑の中には苔むして文字が読みにくいものもありますが、隣に解説板があるので大丈夫ですよ。
四季折々の風情を感じさせてくれる紅葉並木の参道

参道入口の鳥居は1925(大正14)年10月に建てられたもので、小振りながらも堂々とした趣が感じられました。


鳥居をくぐって参道を歩くと、すぐ右側に社務所があり、伊勢神社の御札(神宮大麻)や家内安全、交通安全、病気平癒、学業成就などのお守りのほか御朱印を拝受できます。
なかには五角形の鉛筆など合格祈願のアイテムも。
ただし宮司さんが不在の場合があるため、必ずしも社務所が開いているわけではありません。お気をつけくだい。


手水舎は社務所の正面に。短い距離ですが両側に植えられたもみじの葉が初夏には青々と、秋には赤く色づき四季折々の風情を感じさせてくれます。
この辺りは縣居神社と隣接する賀茂真淵記念館以外、ほぼ住宅地。
けれど住宅地の一画だなんて思えないくらい、静かな空間でした。
手水舎から拝殿までは榊並木!

拝殿は手水舎の手前を右に曲がった先です。
ここから拝殿までの左右はもみじではなく、神聖な木とされる榊が植えられています。

縣居神社の拝殿は神明造りです。
拝殿の建物は大正末期に建てられたようには見えませんが、それもそのはず。
戦災により御社殿が焼失してしまったため、1984(昭和59)年4月に地域の有志によって再建されたものなのです。
拝殿前に立つ石碑には、浜松城主時代の水野忠邦の名が残る「源の朝臣忠邦」の文字が刻まれています。
興味のある方はこちらもご覧くださいね。

それにしても、拝殿までの参道が榊並木になっている神社って、珍しいと思う。少なくとも私は初めて見ました。
榊自体は神社の境内に多く植えられているのでそれほど珍しくありませんが、榊並木となると話は違います。
しかも、結構背が高い。
これだけ背が高いと植えてからどのくらい経っているのかな?
気になったため宮司さんにお伺いすると、「拝殿までの榊は御社殿の再建時に植えたので、まだ40年ほど」だと教えてくださいました。

40年ほどでこれだけ立派な並木に…。
見上げると葉の隙間から光が舞い込み、キラキラと輝いていてとてもキレイ。
御祭神の縣居翁(賀茂真淵)も喜んでいる…のかもしれませんね。
縣居神社の御朱印は書き置きあり

社務所では縣居神社のほか賀茂神社と、同社の宮司さんが兼務している鴨江町の須佐之男神社と元魚町の松尾神社の御朱印を拝受できます。
私は都合により書き置きのものにしていただきましたが、直書きももちろんOKです。
ただ前述したように、宮司さんが不在の場合には社務所は開いていないためご注意ください。
縣居神社は、灯籠坂の下に車の往来が激しい県道62号線が走っていることを忘れられそうなほど静かで落ち着いた環境です。
本居宣長を弟子に持つ彼をご祭神とする縣居神社へ参拝してみてはいかがでしょうか。
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この記事は無断転載およびAI学習禁止です。(麻生のりこ)

