小説を読んでいて、作中の舞台地がどこなのか気になったことはありませんか? 私はあります。
明らかに架空の地名だと分かる場合は特に気にせず読み終えることもありますが、作中でしっかりと明言している場合は、どの辺りのことなのか、どのような地形なのか、最寄駅からどれくらい距離が離れているのか、地図を見て確かめてしまいます。
問題なのは架空っぽくはなく、かと言って明らかに舞台地が分かるわけでもない場合。
吉川トリコ/著の『あわのまにまに』(KADOKAWA / 発行、2023年)は後者でした。
そこで考え得る範囲内で『あわのまにまに』の舞台地がどこなのかを推測してみました。
『あわのまにまに』のあらすじ
吉川トリコ/著の小説『あわのまにまに』は
どれだけの秘密が、この家族には眠っているんだろう――
どれだけの秘密が、この家族には眠っているんだろう――
「好きな人とずっといっしょにいるために」、あのとき、あの人は何をした?
2029年から1979年まで10年刻みでさかのぼりながら明かされる、ある家族たちをとりまく真実。
…と、出版社公式サイトのあらすじに書かれているように、時系列順に書かれたものではありません。
2029年から10年刻みで1979年まで遡りながら、とある家族たちを取り巻く秘密が明らかにされていくものです。
登場する家族は2家族。10年刻みで遡り全6章仕立てで、章ごとに主人公が変わります。
「面白そうだけど面倒くさいのかなあ」と思う方もいますよね。
私も最初に読み始めた時はそう思いました。
というのは、章が変わるごとに家系図を更新しないと話が見えなくなるから。
冒頭に家系図が掲載されていますが、これは第1章のものなので、第2章以降は自分で作らないと混乱必至。
自分で家系図を作るか作らないかで、混乱の度合いは変わると思います。
しかも前述したように時系列に沿った展開ではなくて、10年ごとに遡って話が紡がれるのです。
けれど投げ出さずに最後まで読み終えることができたのは、ひとえに話が面白いからでしょう。
読み進めるうちに少しずつ少しずつ、とある家族たちをとりまく真実(秘密)が解き明かされていく。
それは血縁関係だったり人間関係だったり愛情面だったり。ぐいぐいと惹き込まれ、読み終わったとしてもすべての謎は解明されないまま。
さすが、
生き方、愛、家族をめぐる、「ふつう」が揺らぐ逆クロニクル・サスペンス
…と謳っているだけのことはあります。
そのため、普通にこの小説のレビュー(感想)を書く場合は、これらについて書くと思います。
実際、読書メーターのレビュー(感想)を読むと、舞台地に言及している方はほぼいません。
そりゃそうだよね。どこが舞台地なのかは話の本筋──「とある家族に眠っている真実(秘密)」から外れているもん。
10年ごとに遡り、各章ごとに主人公を変えながら少しずつその真実を探っていくのが本筋なんだもん。
けれど私はあえてそこには触れず、気になった舞台地をひたすら推測します。
『あわのまにまに』の舞台はどこ? …私が推測した候補地は2ヶ所
前述しましたが、『あわのまにまに』は章ごとに主人公を変えながら、第1章から第6章まで10年ごとに遡る内容です。
話の中で変わるのは主人公と年月だけではなく、舞台地も変わります。
舞台地を簡単に書くと、第1章はその章の主人公・木綿(ゆう)の住まいと、母方祖父母宅、そして両親の知人が住んでいるところで、第2章はクルーズ船の中、第3章は木綿の母方祖父母宅で、第4章は海の家。
第5章は海の家がある海辺の町で、第6章は木綿の母方祖父母が若い頃に暮らしていた町です。
なんだか「木綿の母方祖父母宅」という文字が目に付くと思いませんか?
そう、私が気になったのは、この「木綿の母方祖父母宅」。
第6章の舞台となる「木綿の母方祖父母が若い頃に暮らしていた町」は、「木綿の母方祖父母宅」とそれほど離れた場所ではないと読み取れるため、とにかく「木綿の母方祖父母宅」がどこなのかが気になったのです。
ただ、第1章と第2章、第5章、第6章は舞台地についての情報がそれほど多くはありません。
情報が多いのは第3章と第4章で、第5章、第6章は第3章と第4章の復習ぽい感じです。
けれど第1章は作品のトップバッターなので、読み取れそうな情報をピックアップします。
1)第1章「二〇二九年のごみ屋敷」から推測
第1章は小学3年生の少女・木綿が家族総出で、亡くなった母方の祖母・紺が住んでいた家の後片付けをする場面です。
後片付けに駆り出されたのは木綿の家族だけではなく叔母である操一家も。
木綿の自宅から母方の祖父母宅までは、P16によると
都心部にあるうちのマンションから三十分ほど車を走らせた郊外の町
と書かれていることから、木綿の家は都心部にあることが分かりました。
といっても、日本中に「都心部」と呼ばれるエリアはいったいいくつあるのでしょう。
実は第1章の記述から、木綿の家と彼女の母方祖父母宅の場所が書かれているシーンはこれくらいしかありません。
あとは両親の知人である「弥生さん」が暮らしているのが隣県の山の麓、ということくらい。
これだけじゃ分かりませんよね。
第2章は横浜港発着の釜山へ行くクルーズ船の描写なので、これといった舞台地の手がかりはありませんでした。
2)第3章「二〇〇九年のロシアンルーレット」から推測
第3章の主人公は木綿の叔母・操です。
操と木綿の母・いのりがまだ紺のもとで実家暮らし(「木綿の母方祖父母宅」暮らし)をしていた頃の内容で、2人のほか、第1章に操の夫としてちらりと出た杏一郎も登場。
この頃、杏一郎は操とではなくいのりと付き合っていました。それがどうして操と結婚したのかは真実を探っていくうちに分かります。
ここでのヒントは第1章と比べると段違いに多く、まずは、P121に
H&Mが東京にできてからというもの、おねえちゃんはわざわざ新幹線に乗って山のように服を買い込んできては
とありました。
「わざわざ」と書いてあることから、彼女たちは東京までは比較的近いエリアに住んでいるのでしょう。
遠かったら「わざわざ」もなにも、新幹線か飛行機を使うことになると思うんですよね。
P142には近隣のデートスポットが載っていました。
デートにくっついてきた私を心から歓迎し、遊園地に動物園に水族館にサファリパークにと
海辺の町の花火大会に行こうと杏ちゃんが(中略)花火大会の開催地である港までは
実はこの頃、杏一郎は操とではなくいのりと付き合っていました。
「デートにくっついてきた私を」とあるのは、いのりと杏一郎のデートに操がくっついて行った様子からです。
さて私は、これらデートスポットのうち、特に「デートにくっついてきた私を心から歓迎し~~」から、「舞台地は神奈川県横浜市か愛知県名古屋市ではないのか」と候補地を考えました。
それはどちらもサファリパークは他県にあり遠いものの、近郊に遊園地、動物園、水族館があるから。
横浜の場合だと、よこはまコスモワールドや富士急ハイランド、よこはま動物園ズーラシア、八景島シーパラダイス、富士サファリパークや那須ハイランドが、名古屋の場合だとナガシマスパーランド、東山動物園、名古屋港水族館、富士サファリパークが該当します。
横浜の場合は遊園地や動物園はもっとあるんですけどね。
ただ花火大会の件では少し悩み、「横浜だと葉山や湘南あたりなのかな?」、名古屋は「花火大会を開催する海辺の町くらいどこかにあるでしょ」と思いました。
遊園地等とは異なり花火大会は一瞬のものだし、2009年時点で開催しているのかを特定するのが意外と難しいのです。
海水浴場についての記述は同じくP142に
国道の両脇に並んださびれた商店や色褪せた海水浴場の看板を指しながら
と続きます。
ちょっと待って! いきなり情報量が多いっっ!!
どうやら海水浴場は国道近くにあるようなので、横浜の場合だと葉山は消えましたが湘南は残りました。
名古屋の場合だとどこだろう…。蒲郡あたり…?
その後は、自宅(「木綿の母方祖父母宅」)周辺の記述が並んでいました。
たとえば、
家から通える距離に地元ではじゅうぶん名の通った大学がいくつもあるのに (P147)
繁華街にあるスケートリンクに行った。近所に有名な観音様があるので(中略)その足で海辺の町まで初日の出を見に行く予定だった。 (P153)
などで、どちらの候補地とも可能性があります。
観音様は横浜の場合、鎌倉市の大船観音になってしまうので少し遠いのですが、海辺の町へ行く途中に参拝するならば、決して遠いわけではありません。
名古屋の場合は大須観音での参拝後に海辺の町へ行くとすれば、こちらも問題はないでしょう。
さて、操が主人公の第3章からは、
- 彼女たちが住んでいる「木綿の母方祖父母宅」は東京までは比較的近いエリア
- 遊園地と動物園、水族館、サファリパークが近隣にある
- 港で花火大会を開催している海辺の町と海水浴場がある
- 海水浴場は国道の近く
- 自宅通学範囲内に、地元ではじゅうぶん名の通った大学がいくつもある
- 繁華街にスケートリンクが、近所には有名な観音様がある
ことが判明しました。
これらを手掛かりにして私が考えた候補地は、やっぱり横浜と名古屋。
ただ、どちらも「海辺の町」がどこなのかイマイチ分からないんですけどね。
3)第4章「一九九九年の海の家」から推測
続く第4章の主人公は杏一郎です。
第1章に載っていますが杏一郎といのりの母親は親友同士でした。
そのことが関係しているのか、杏一郎はいのりのことが気になり、ストーカーまがいの行為に及んでいます。
俺は時間を見つけては自分の大学から地下鉄で十分の距離にあるいのりの短大まで出向いて行き、(中略)服飾系の短大だから (P172)
横浜も名古屋もどちらのエリアも地下鉄が通っているのでこの点はクリアしているのですが、なんと横浜には地下鉄(ブルーラインとグリーンライン)の駅近くに短大がありません。
専門学校はありますが、その場合「専門学校」と書きそうなものだし、なにより服飾系ではないのです。
むむ。横浜説、危うし
これが名古屋の場合、地下鉄駅近くに服飾系の短大があるので、その駅から地下鉄で十分程度の場所に杏一郎が通う大学があればOK。
Googlemapで検索しまくった結果、幸い、いくつか大学がありました。
名古屋説、少し有利。
海水浴場については
海岸沿いの大通りには大きなホテルやみやげもの屋、洒落たレストランなんかが建ち並び、少し中に入ると住宅や民宿、ちいさな飲食店がごちゃごちゃとひしめいている。 (P183)
と、少し詳しく立地が載っていました。これは湘南も蒲郡もどちらも当てはまりそうです。特に湘南!
でも横浜にはいのりが通っていそうな短大がないんですよね…。
ところで、どうして2人が海水浴場へ行ったかというと、それは花火大会開催前の1週間程度、短期バイトをするため。
以前、杏一郎が「海辺の町の花火大会に行こう」と提案したのは、思い出の花火大会を操に見せたかったのです。
兎にも角にも、第3章から得られる情報はここまで。
第2章と第3章から、『あわのまにまに』の中で私が気になっている「木綿の母方祖父母宅」がどこにあるのか情報がかなり集まりました。
3)第5章「一九八九年のお葬式」から推測
第4章の主人公は杏一郎の母・美幸で、いのりの父・雪好(ゆきよし)のお葬式シーンです。
10年ごとに話が遡るため、第3章では短大生だったいのりと大学生だった杏一郎は、どちらも10歳ほどです。
自宅から車で二時間ほどかかる県境の町の高校に赴任になったとかで (P227)
高校で世界史の教師をしている雪好は、どうやら自宅から2時間ほどかかる県境の高校へ単身赴任となり、そこで借りているアパートで亡くなりました。
県立高校の教師だもん、異動は仕方ないとはいえ遠いよね。
続いては杏一郎の父・久志についてです。
大手の自動車メーカーに勤める父親と専業主婦のあいだに生まれた次男。 (P239)
大手自動車メーカーは横浜だと日産自動車が、名古屋だと少し離れますがトヨタ自動車が該当しそうです。
作品を読み進めていくと分かりますが、2人の自宅は比較的近距離。
久志の実家が豊田市の場合、大学や就職先に名古屋を選んでも時に不思議はないでしょう。
…と、ここまでの描写だったら、候補地は横浜か名古屋で決まり! だったのですが、この後の描写
雪好さんが部屋で倒れていたのを見つけたという元・教え子の寅郎という名の青年が二人の相手をしてくれているのをいいことに (P245)
に私は驚きを隠せませんでした。
なぜならば、寅郎は第4章「一九九九年の海の家」でいのりと杏一郎が短期バイトをしていた海の家の店長だから。
ということは、海辺の町は紺の自宅(「木綿の母方祖父母宅」)から車で2時間ほどかかる県境にあるのねっっ。
さらにとどめを刺すかのように雪好が借りていたアパートへ行く場面では、
住宅街の隙間からわずかに海が見えた。「海だー!」と杏一郎が叫び、「海だー!」と山びこのようにいのりも声をあげる。 (P249)
とありました。
わあぁぁぁぁぁ。やっぱり! なんてこった!!
横浜にしても名古屋にしても「車で2時間ほどかかる県境に、花火大会が開催される港と海水浴場」なんてあるのかなあ。
嘆いても仕方がありません。後ほどGooglemapで検索するとして先に進みましょう。
4)第6章「一九七九年の子どもたち」には、舞台地についての情報はほぼない
紺が主人公の第6章「一九七九年の子どもたち」には舞台地についての情報は殆どありませんでした。
というのは、この章での紺は結婚して間もない頃で借家住まいだったから。
紺の自宅となる「木綿の母方祖父母宅」は、その後に建てられたものなんです。
『あわのまにまに』の登場人物について整理
このように『あわのまにまに』は、登場人物の様子を10年ごとに遡って描かれる小説です。
登場人物を簡単に整理すると、
第1章の主人公・木綿はいのりの長女で紺の孫です。
この記事では省いた第2章の主人公は弥生で、その後、いのり夫婦の知人となります。
第3章の主人公・操はいのりの異父妹で、第4章の主人公・杏一郎の妻です。
第5章の主人公・美幸は杏一郎の母で、第6章の主人公・紺はいのりの母。
第3章と第4章に登場する寅郎は、いのりと杏一郎が短期バイトをしていた海の家の店長です。
登場人物は(たぶん)それほど多くはありませんが、いかんせん血縁関係だったり人間関係だったり愛情面などが交錯しまくり入り組んでいます。
さらに章ごとに主人公が変わるし、ああ、ややこしい。
そのため、読んでいくうえで家系図は必須なんです。
実は舞台地を推測する作業に必要がなかったので省きましたが、木綿にはシオンという韓国人の兄がいます。
両親(いのり夫婦)は日本人なのに、なぜか韓国人。彼も謎です。いのりの夫とアレだし、2人の養子になったのかな?
本編の前半部分では重要人物なのですが、舞台地を推測するうえでは関係がない人物なんですよね。
横浜なのか、それとも名古屋なのか
作者は愛知県名古屋市在住
それでは最後に、Googlemapで検索しまくった私が出した舞台地を発表します。
それは横浜または名古屋、どっちもあり!
舞台地が横浜だとすると、県境にある海水浴場は静岡県側だけになることから、検索範囲は真鶴半島から西側に絞りました。
すると、神奈川県足柄郡湯河原町にある吉浜海水浴場がヒット!
横浜からこの海水浴場へ向かった場合、手前には福浦漁港があり、横浜市郊外の町から一般道路経由の所要時間はおおよそ2時間。
吉浜海水浴場には海の家が出るというし、国道沿いだしホテルも適当にあるし。これはここかも。
ただ、1999~2009年当時、福浦漁港で花火大会が開催されていたのかは分からないんですよね。
そして舞台地が名古屋だとすると、県境にあり車で2時間ほどの海水浴場は、知多半島のどこかだと思いました。
ただ、知多半島には海水浴場がいくつかあるのですが、半島だからなのかイマイチ「県境」感が薄いんです。
けれど作者の吉川トリコ氏は名古屋在住。
そのため、名古屋説もおおいにあり得るんです。
弥生さんの居住地はどこ!?
しかし、横浜説を採った場合、ひとつ気がかりになる点が浮上しました。
それは木綿が主人公な第1章でちらりと出てきた、「両親の知人である『弥生さん』の居住場所」です。
前述しましたが、弥生さんの居住地は隣県の山の麓にあります。
神奈川県から隣県というと、静岡県か山梨県。
いくら後片付けをしたくない親子のドライブ先とはいえ、横浜から静岡県や山梨県の山の麓まで行くかなあ?
その点、名古屋からだと岐阜県が近いんですよね。
たとえば名古屋市守山区から岐阜県可児市までは一般道路経由で1時間ちょい。
ドライブするのにちょうど良い距離感だと思いませんか?
いやいや、もしかしたら初っ端から私が「わざわざ」の意味をとらえ間違え、横浜でも名古屋でもないのかもしれません。
もしくは、作者が作り上げた架空の場所なのかもしれません。
「よっしゃ、いっちょ私が舞台地を推測するか!」という方がいるかどうかは分かりませんが、その場合のポイントは海に面した県内にあり、新幹線駅がある都会で地下鉄が走っており、デートスポットとして動物園や遊園地、水族館にサファリパークへ行くことができて、大学から地下鉄で十分ほどの場所に服飾系短大があるエリアです。
県境にある海までは車で2時間で、そこには海水浴場と花火大会が行われる港があり、家の後片付けをしたくない親子が隣県の山の麓までドライブできるくらいの距離感も忘れずに。
気になる方は『あわのまにまに』を読んで、推測してみてくださいね。
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この記事は無断転載、改変およびAI学習禁止です。(麻生のりこ)

